ブロガーのあんちゃです。
わたしはよくこのブログで自分の思ったことはバサバサ言ってしまうんですが、よく「自分の意見を言うのって怖くないですか?」とか「自分の意見で誰かを傷つけてしまうのが怖いです」という人がいます。
個人的に思うのは、「誰かにどう思われるかを気にして自分の意見を殺すことは、自分を一番傷つけている」ってことです。
自分に嘘をつくことは一番自分を傷つける
わたしは2016年の春に前職の会社を退職しました。
結構いきなりの退職だったので、たぶん上司もびっくりしただろうし、仕事の引き継ぎも急がなきゃいけなくてまわりの人にもたくさん迷惑をかけました。
きっとその中には「また人が減ってめんどくさい仕事がこっちにきた」と思っていた社員の人もいるかもしれません。
確かにわたしが「会社辞めます」と言ったおかげでまわりの人にはたくさん迷惑をかけて嫌な思いをした人もいると思います。
でも「まわりの仕事に迷惑かけるから・・・」とわたしが「本当は会社を辞めたい」ってことをずっと伝えずに過ごしていたら、たぶん一生後悔したと思います。
それって自分の気持ちに嘘ついたことになるし、自分の人生を一番傷つけるんです。
そんなの悲しいじゃないですか。自分の人生を一番大事にできるのは自分だけなのに、自分で傷つけてどうするんだよって。
本心を伝えることは自他への「誠実さ」である。
ただ、わたしも昔から言いたいこと言える人間だったわけではなくて、ブログを始めてからすごく感銘をうけた言葉がありました。
それがイケダハヤトさんの「武器としての書く技術」という本の中にある一節です。
ぼくは「本気でライターを目指すのなら、いつまでも会社員をやっていてはダメだ。雇われライターは一流になれない」と、自分の経験から思っています。
(中略)
ですが、もしこの主張をブログで公開すれば、新聞社や出版社に勤める、ぼくの数多くの友人たちの気分をグサグサと害することは、ほとんど間違いありません。
(中略)
記事を公開すれば、ぼくは友だちやパートナーを傷つけ、失ってしまうことになります。
だからといって、自分の本心を押し込めてしまうというのは、いかがなものでしょうか。
-「武器としての書く技術」(イケダハヤト著)より引用
この一節を読んだときにハッとしました。
確かに自分が本心から思っていることを伝えたときに、少なからず他の誰かを傷つける可能性があるのは間違いありません。
ただ、だからといって誰も傷つけないために自分の本心を押し殺してしまうのは違うのではないか?とここで気づいたのです。
臆することなく言いたいことを言うというのは、自他に対する「誠実さ」を貫く生き方ともいえるでしょう。
「こんなことを書いたら嫌われる……」と恐れて公開ボタンを押すのを諦めたとき、ぼくは自分に対して誠実ではなくなります。
自分を偽り、本当に言いたいことを言わずに、周囲の顔色をうかがいながら、生きて、死ぬということです。
ぼくはそんな不誠実な生き方はしたくありません。
-「武器としての書く技術」(イケダハヤト著)より引用
嫌われること、誰かを傷つけることを恐れて伝えたいことを伝えないのは自分に対しても、他人に対しても誠実な態度ではないんですよね。
ちなみにわたしはよく「イヤイヤ会社で仕事をしている人は人生無駄にしている」と言ってます。
これは自分の経験から本当にそう思っているのでそう伝えているのですが、きっと少なからずわたしのまわりにいる「イヤイヤ働いている人たち」は傷ついたかもしれません。
ここで相手の目を気にしてわたしが「まあ仕事ってそんなもんすよね〜!イヤでも働くのが人生ですよね〜」って言ったとしたら、これって自分にも相手にも嘘をついていることになります。
自分が心から思っていることを伝えるのは、自他に対する「誠実さ」なんです。
本音で生きる幸せを知ってほしい
わたしはもっと思っていることを素直に伝えられる人が増えてほしいし、自分を偽らずに生きられることがどんなに気持ちよくて幸せかを知ってほしい。
だからわたしはブログでも言いたいことを言うし、発信し続けます。
怖くて自分の思いを伝えられない人の背中を押し続たいです。
自分の人生を大切に、誠実に生きるために。
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