シロフクコーヒーで修行させてもらうようになって、間もない頃。
まともにドリップをしたこともない状態だったわたしは、まず当たり前にコーヒーが淹れられるようになるまで、必死でやり方を覚えるところからのスタートでした。
毎日毎日コーヒーと顔を合わせるたびに、ちょっとずつ慣れてきて、コーヒーとの距離感も縮まってきたかな・・・
というときに、ひとつ壁が立ちはだかりました。
「なんか、味が決まらない・・・」
「もっと豆の良さを引き出せるはずなのに・・・」
調子がいいときもあれば、味がブレブレでしっくりこなくて、時には(ブレてるものをお客様に出すわけにはいかないので)提供できなくなって、頭を抱えるような時期が続いたことがありました。
何がいけないんだ、、、
とあれこれ頭の中で考えていたのですが、ふと、まわりを見渡したときに、衝撃的なことに気づきます。
それは、
「散らかってた」
ということでした。(笑)
使い終わった器具、置きっぱなし。
コーヒーが垂れた跡、拭いてない。
粉が机に散らばってる。
わたしは直感的に「原因はこれや、、、」と悟りました(*_*)
シロフクコーヒーの原点のお店となる「御食事ゆにわ」をはじめ、ゆにわ系列のお店では、何よりも徹底して、
「清潔で、明るくて、気持ちのいい空間を作る」
ことの重要さを教わってきました。
どんなに良い料理を作っても、最高にウマイコーヒーを淹れても、
厨房がギトギトで、部屋の電気が切れてて、机やイスが汚れてたりしたら、全部台無しです。
だから、毎日何時間もかけて掃除して、床もみんなで雑巾で拭きあげて、その場に足を踏み入れただけでホッとするような、そんな店作りにしようと、やってきたわけです。
というか、
・使ったものはもとに戻す
・汚れた部分はちゃんと拭く
ってのは、店をやる上で当たり前すぎることだとは思うのですが、わたしはそれすらできてなかったのです(´・ω・`)チーン
当たり前に使ってるもの、使ってる場所に、意識を行き届かせられないほど、わたしの頭の中はぐちゃぐちゃしていて、自分のことばかり考えてた、ということに、
散らかった現状を見て、気付かされました。
モノの扱い、場所の使い方は、そのままコーヒーの扱い方になり、ひいては人との接し方に全部現れるのだと。
*
シロフクの店長・こがさんから、コーヒーを教わる前に一番最初に教えてくれた言葉で、「下座行(げざぎょう)」というのがあるのですが、
これは元々は仏教の言葉で、人がやりたくないこと、陽の目を見ないような雑用、人よりも腰を落としてする作業にこそ、その人の本質・在り方が出るのだと、教えてもらいました。
掃除をしたり、その場をキレイに片付けるのも、誰に褒められるものではありません。
が、誰にも評価されずとも、愚直に丁寧に、気持ちをこめてすべてのものを扱う心が、そのままコーヒーの味になり、人との関係に出るのだと、わたしは身をもって体感したのでした。
いま、シロフクに入って2年くらい経ちますが、後輩の大学生がたくさん入って、以前のわたしと同じようにコーヒーの練習をしては、みんな似たようなところで壁にぶち当たってる姿を目にします。(笑)
ついさっきも、大学生がコーヒーを淹れようとしたときに、その周辺が散らかってたので「片してから淹れるべし!!」と言ってたのですが、
慣れてきたときほど、やはり初心を忘れてしまうものなので、大学生と一緒に、わたしも原点を都度思い出して、過ごさねばなぁと思いました。
以上、今日のコーヒー日記でした( ˘ω˘ )旦
【追記】
シロフクコーヒー、年末年始もバリバリ営業中なので、遊びにきてねー!